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2011. 04. 30  
2日目は初日飛ばしたのが影響したのか??第一子の体調があまり思わしくないため、東京自宅近所を散策しました。

最初に訪れたのは「藤まつり」を開催していた亀戸天神社で、つい最近まで寒かったせいか藤の花は満開とまではいってなかったように感じました。
亀戸天神の藤の花と東京スカイツリー

しかしこれだけ藤の花が咲いていると迫力があります。
亀戸天神の藤の花

そんなことをさておき第一子は境内にある池に生息しているカメとコイにエサをやっては大はしゃぎで、本日の夕方もエサをやりにきた位はまっていました。
エサをやる第一子

その後錦糸公園に場所を移し「レイ・アロハ・フェスティバル」を見学しました。

ハワイの催しとあって、元大関のKONISHIKI氏も出店していて、気さくに記念撮影に応えてもらいました。
KONISHIKI氏と記念撮影
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2011. 04. 29  
本日より私の妻と第一子が東京に遊びにやって来ました!!

第一子は2回目の東京です。今回もいろんなところへ連れて行ってやろうと思います。


JR亀戸駅で妻、第一子と落ち合い、「サンストリート亀戸」へ行き、昼食&オーケストラが奏でる音楽を鑑賞しました。
サンストリート亀戸


その後東武電車に乗って鐘ヶ淵駅で下車し、そこから歩いて約10分、東白鬚公園でおこなわれていた「すみだ鯉のぼりフェア」へ。

鯉のぼりの数はとても多く、非常に迫力がありましたが、あまりPRされていないのか人影はまばらで、バザーや出店も最小限の規模でやや拍子抜けでした。
鯉のぼりと東京スカイツリー

それでも第一子はたくさんの鯉のぼりが触れるので大はしゃぎでしたが.......。
鯉のぼりと戯れる第一子


東白鬚公園から東向島駅まで歩き、そこから東武電車に乗って浅草へ向かいました。

東日本大震災の影響からか外国人はまばらでしたが、やはりGW。多くの観光客でごった返していました。

そんな中第一子は仲見世通りの人形焼を販売する店の前で、人形焼を製造する光景をずっと凝視していました。
人形焼製造を凝視する第一子


浅草からは観光船に乗船し、隅田川を下りました。

隅田川の上から眺める東京スカイツリーはまた格別です!!
観光船から見た隅田川と東京スカイツリー

それにしても隅田川には非常に意匠の凝った橋(清洲橋、永代橋、勝鬨橋、等)があるのでとても楽しめます。

自然を楽しむといった趣はありませんが、ある意味東京を満喫できるルートです。


日の出桟橋で観光船を下船し、徒歩と地下鉄で東京タワーへ。

ここでも東日本大震災の影響は大きく、東京タワーの先が目視でも曲がっているのがわかりました。
震災で先端が曲がった東京タワー

その東京タワーの展望台には登らず、1階の特別展示展「大恐竜展in東京タワー」を見学しました。
大恐竜展

第一子は最初恐竜の骨を見て「怖い!!」を連発していましたが、動かないことがわかるとちょっと安心したのか、次第に足が軽やかになってきました。

出展されていたものの中では、やはりティラノサウルスの展示物が最も迫力がありましたね(歯がスゴイ!!)。


東京タワーからは私の妻念願の築地の寿司店「すしざんまい」へ。

価格はリーズナブルにもかかわらず、どのお寿司も非常においしく、お酒もすすみました。

また子供向けにお寿司を工夫してくれて感謝、感謝です。

その中でも1番良かったのは本日発表になった「まぐろの歌」です!!それを何度も唄ってくれて、第一子も笑いながらおいしくお寿司を食べることができました。


そんなこんなで長い1日目が終了となりました。
2011. 04. 28  
某日江東区東陽町付近を散策していると、偶然にも↓の碑を見つけました。
洲崎球場跡

この地に昔、洲崎球場という野球場があり、ナントあの阪神-巨人戦発祥の地がここだったのです!!

以下記念碑に記述されている内容です。


「洲崎球場は日本プロ野球草創期の野球場で、昭和11(1936)年2月に日本で6番目に結成されたプロ野球チーム、大東京軍の本拠地でした。

プロ野球結成への気運は、昭和9(1934)年開催の日米野球で高まりました。同年12月に大日本東京野球倶楽部(現在の巨人)が結成されると、東京、大阪、名古屋に相次いでプロ球団が誕生し、昭和11(1936)年には7球団によるプロ野球公式戦が開始されました。

しかし、東京にはプロが使用できる野球場はなく、在京球団の本拠地建設が急がれました。そのため、洲崎球場はわずか3ヶ月ほどで完成し、秋のシーズンの最後を飾る東京第2次リーグ戦が開催されました。シーズン終了後には、巨人とタイガース(現在の阪神)による初のプロ野球日本一決定戦(3連戦)が開催され、沢村栄治投手擁する巨人が初代王座を獲得しました。この試合は、日本プロ野球史上屈指の好ゲームといわれ、洲崎球場が最も輝いた時でした。現在でも伝説の一戦といわれる両チームの熱戦は、ここから誕生しました。

日本プロ野球の歴史を刻んだ洲崎球場は、昭和13(1938)年の3試合を最後に閉鎖されました。わずか3年とはいえ、日本プロ野球界繁栄の礎を築いた貴重な野球場跡として記録に残すものです」


当時球場の周りは運河で囲まれていたため、満潮時にグラウンドに海水が浸入してコールドゲームになったことが何度もあったそうで、また客席をカニが這いずり廻っていたようである。

今は球場の名残などまったくありませんが、ここで阪神-巨人戦がおこなわれていたとはホント驚きです。
2011. 04. 27  
この書を手に取って、はじめは「非常に難解な文章で書いてあるんやろなぁ」と思いページを開くと、当初の予想とはまったく違い、平易な文章でわかり易く書かれているので、非常に読み易くかつ、当たり前なのだが中々できていないことを再確認できるような内容ばかりだったため、気がつけば3回読破していました。
福澤諭吉著(齋藤孝訳)『現代語訳学問のすすめ』

文頭の「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」はあまりにも有名ですが、福澤諭吉が最も言いたかったことはその後に記述されている「人は学ばなければ、智はない、智のないものは愚かな人である」「賢い人と愚かな人との違いは、学ぶか学ばないかによってできるものなのだ」ということなのです。

ならば何を学ばなければならないのか、それは「一生懸命にやるべきは、普通の生活に役立つ実学」であり、そしてその内容を具体的に、わかり易く解説しています。

中身は非常に痛快で、勇気が沸き、読み終えると前向きな人生が送れそうな気になりました。

この書は明治初期に書かれたものですが、まったく「古い」感じがせず、現代の世にも通用するものばかりで、福澤諭吉の先見性には驚くばかりです。

おそらく学生向けに書かれたものだと思いますが、ビジネス書としても充分通用する内容ですし、読者の興味のある箇所から読み出しても内容がつかめますので、時間のない人にもお薦めできる書です。

まず無理だと思いますが、中学入学時にこの本を教科書としてすべての中学生に配布し、その内容を勉強する教科があってもいいんじゃないかと思います。
2011. 04. 26  
今戸神社参拝後、自宅へ帰る途中きれいなお寺が視界に入ったので、思わず参拝しました。

そのお寺の名前は「法恩寺」で、下町を舞台にした池波正太郎作『鬼平犯科帳』の中にこのお寺が登場しているそうです。
法恩寺1

境内は非常に整備されていて、参拝した日は八重桜が満開で非常に美しかったです。

またここからも東京スカイツリーが拝むことができ、新旧の取り合わせが絶妙な感じでマッチしています。
法恩寺2

この法恩寺で年間様々な行事がおこなわれているようで、機会があれば見学したいと思います。
2011. 04. 25  
こんこん靴市で靴を購入後、偶然今戸神社を通りがかったので参拝しました。

今戸神社のある今戸の地が「招き猫」発祥地とのことで、本殿に招き猫が飾られていました。
今戸神社1

それよりも増してビックリしたのが、参拝客が10代、20代の若い女性ばかりだったことです。

置いてある机、椅子もとても神社に置いているそれらとかけ離れているので非常に違和感を感じたのですが、
今戸神社2
ここは「縁結び」の神様とわかり理解ができました。
今戸神社3

○田君もここへ来て、願い事をすればいいのにねぇ~。
プロフィール

Taka

Author:Taka
19○○年大阪市に生まれる。

中学は野球、高校はラグビーを行い、20歳からパワーリフティングを始める。

主な戦績は
日本ロシア友好パワー大会 第2位
全日本実業団パワー大会  優勝
全日本実業団ベンチ大会  優勝
など

13年9月、東京から大阪へ再び転勤。

今後週末は子育てに専念致します。

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